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4月20日(金)2007年
第211号 古代日本文化の中心的存在、糸魚川翡翠

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4月20日(金)2007年

第211号 古代日本文化の中心的存在、糸魚川翡翠



 こんにちは、開運なびです。


 先週はメルマガをお休みさせていただきましたが、やはり生きているとたまに突発的な出来事があって、予定通りにいかないことはままありますね。
 そんなときは「一寸先は闇」という言葉がちらりと頭をかすめたりします。でもそれならば「一寸先は光」である可能性も高いのです。
 なにしろ、「夜明け前がもっとも暗い」なんて言葉もありますからね。


 さて、先週お知らせしましたとおり、今回は新潟県糸魚川で産する翡翠(ヒスイ)について書いてみたいと思います。
 

 今でこそ本翡翠の世界的な産地はミャンマーとなっていますが、世界の古代文化を概観してみると、翡翠を利用した文化が花開いたのは、中米、中国、そして日本など、ごく限られています。
 しかも日本では、翡翠を産出する場所はいくつかあるのに、なぜか糸魚川産翡翠だけが利用されていたのです。


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 はるか五千年をさかのぼった日本。

 縄文〜弥生時代にかけて、どうやら翡翠は一種のステイタスシンボルでした。
 各地の遺跡からは翡翠で作られた勾玉や大珠などが出てきていますが、有力者やその家族と思われる墓所からしか発見されないからです。
 これはおそらく、翡翠がシャーマニックな要素をもって扱われた特殊な石だったためなのでしょう。

 宗教と政治がまだ分離していなかったであろう古代において、翡翠はおそらく神とつながる何かしらの要素を持つ石として扱われたと考えられます。
 ある意味で、「神仙の石」「不老長寿の石」であったのでしょう。

 さらに驚くべきことに、各地の遺跡から発見される翡翠は、成分分析の結果、ほとんどが糸魚川産の翡翠であることがわかりました。
 不思議なのは、たとえば新潟から遠く離れた北海道の縄文遺跡から出た翡翠も、わざわざ糸魚川産の石を使っていたりします。北海道にも翡翠を産する土地があるのに、なぜかその土地のものは使っていないのです。



 なぜ糸魚川の翡翠なのでしょう?

 その答えは正確には分かっていません。

 糸魚川の周辺は昔は「越の国」と呼ばれ、神仙境と考えられていたからという説があります。
 今でいうブランド志向みたいなものがあって、「越の石でなければ翡翠にあらず」みたいな認識があったのかもしれません。

 神との通信に使う道具として使うなど、呪術的なツールとして使う場合、糸魚川産でなければならなかった必要性があったのかもしれません。
 実際、管理人の知人で、見かけが非常に美しいミャンマー産の翡翠と、クリーム色の糸魚川産翡翠を両方を手に持って比べてみた場合、糸魚川産に強い波動を感じたと述べる人もいます。

 いずれにせよ、古代人たちは糸魚川産の翡翠に重要な価値を置き、ある種、部族国家の守護石的要素を見いだしていたことは間違いないでしょう。


 翡翠はとても堅い石です。
 鉱物としての硬度だけをみれば、6.5〜7くらいですから、硬度10のダイヤモンドや、硬度9のルビーなどに比べたらさほど硬い石とは言えません。
 ところが、翡翠は一種類の結晶でできている石ではなく、たくさんの結晶がお互いに手をつなぎ合って組成しているような石なので、非常に割れにくい「堅い」石なのです。

 こんな堅い石を加工するのは大変です。
 穴を空けるのはもちろん、勾玉などの形に整えることも大変な作業だったでしょう。
 食糧を獲得することがもっとも重要な時代にあって、あえて膨大な時間を費やしてこんな堅い石を加工した情熱、つまり翡翠に対する憧れとは、並大抵のものではなかったでしょう。


 ところが・・・、

 縄文〜弥生という数千年にわたって育まれてきた翡翠文化は、古墳時代から衰退を始め、奈良時代に入るとぷつりと姿を消します。
 これは仏教の伝来と時期を同じくします。
 そのため、日本人の原宗教と密接に結びついていた翡翠が、外来の宗教である仏教が国策として取り入れられたことにより無用になったと推測する研究者もいます。

 その後、我が国の翡翠文化は長い期間に渡って忘れ去られてしまいました。



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 糸魚川の翡翠が再発見されるのは、はるかな時を経た昭和初期です。

 それまでは、考古学者たちは日本各地から発見される翡翠は、すべて大陸から渡来したものだと考え、通説になっていました。

 ところが昭和14年、糸魚川の小滝村でみつかった石を調べた結果、翡翠と分析され、さらに調査したところ、ここが翡翠の一大産地であることがわかってきたのです。

 徐々に研究が進むにつれ、文化財として非常に重要であることがわかり、保護の必要性が叫ばれ、終戦直後の混乱を経ながらも、ようやく昭和30年に国の天然記念物に指定されました。

 今では翡翠のふるさととして有名になり、天然記念物に指定された区域の採掘は禁止されていますが、上流から流されてきた翡翠の転石を探そうと、周辺の海岸を石を求めて歩く人の姿がみられます。
 また、地元にはフォッサマグナミュージアムという博物館があり、翡翠を中心とする数々の展示物が人気です。
 これからもっともっと縄文・弥生時代の文化が研究され、さらに翡翠が果たしていた役割が解明されること願ってやみません。



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 ところで最後にちょっとした余談、というより妄想ですが;

 私たちが日常的に楽しんでいるテレビ受像器。
 これは長い人類史に俯瞰してみれば、ついこのあいだ発明されたものに過ぎません。
 今では薄型のテレビまで広まってきましたし、もっと技術が進歩すれば、ホログラフィックな三次元映像のテレビが主流になるでしょう。ブラウン管の存在や、まして真空管など過去の遺物として忘れ去られるかもしれません。

 そして数千年、あるいは数万年を経た地球上で、人類の文明は遙かに進んでいるかもしれません。
 未来の人々が古代の地層を発掘したときに、西暦2000年前後の地層からだけ、突如としてガラス状の箱形物質が世界各地から発掘され、ある時期を境にぷつりと姿を消すことに頭を悩ますかもしれません。
 地球上の文明はあまりに進歩してしまったがために、その原始的な箱形物質を構成している個々のパーツは何であるか分析は出来ても、全体としてどう機能していたか、推測できないのです。

 それはあたかも、私たちが翡翠の勾玉の成分分析はできても、それがどのような使われ方をしていたのか、どう機能していたのか、皆目見当も付かぬまま、ただ想像だけを膨らませている姿と重ならないでしょうか・・・。





 それでは今週はこのへんで。


 祈開運!




参考文献:『古代翡翠文化の謎を探る』(学生社)、『とっておきのヒスイの話』(フォッサマグナミュージアム)

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【 今週の石の組み合わせ情報 】


「ロードクロサイトはマラカイトと一緒だと大変良く働きます。引き寄せる力を持ったマラカイトが、抑圧された感情エネルギーを表面化することで、ロードクロサイトの、和らげ調和する特質を使うことができるのです」
(カトリーナ・ラファエル著『クリスタルエンライトメント』和尚エンタープライズジャパン社刊)

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【今週の開運金言】

「人は決して死を思考すべきでない。ただ生を思考せよ。これが真の信仰である」

(ディズレリ)

   



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